2018年9月20日木曜日

育成の場は福井に移り、奇跡的に生き残った
石墨慶一郎氏


戦後の食糧不足の時代、各農業試験場では、耐病と多収の品種育成をめざす中で、コシヒカリの先祖たちは、まだ注目されることはなかった。
雑種第3世代(F3)65個体のうち20系統が戦後、福井県に新設された福井農事試験場に配布された。そして、その育成の中心となったのが、終戦後に福井県農事試験場に就職した石墨慶一郎だった。
石墨は、根っからの育種家で、仕事場だけでなく、自宅の周りにも水田を整備し、独自に育種作業に没頭したという。
しかし彼のもとで、コシヒカリが順風満帆に育成されていったわけではなかった。
福井県農業試験場に植付け後まもない、昭和28年6月28日、福井大地震が発生。建物は倒壊、用水路は壊滅。試験水田のいたるところが陥没、あるいは噴出する土砂に埋まるという事態に。さらにその後の干ばつで枯れ死した稲も多かった。
しかし、コシヒカリの先祖たちは、強湿田で栽培が行なわれていたため、枯れるのを免れたのである。
「枯れていたら、次の世代がなかったわけですから、コシヒカリが生まれた奇跡の一つと福井県農業試験場では伝わっています」と清水部長は語る。
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